9 保育と心理学 心理学=大事だけど難しい? 幼稚園教諭や保育士をはじめとする保育者養 成校(以下,養成校)では,年間を通じて実習 がある。養成校の教員として実習先にうかがう 際,担当科目を尋ねられることがある。発達心 理学等ですと答えると,「心理学!難しいのがご 専門なんですね。でも大事ですよね。学生の時4 4 4 4 はさっぱりわからなかったけれど4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 ,現場に出る と,発達理解の重要性を痛感しています」とい うような反応を返されて苦笑することが多い。 この「重要だとは思うけれど難しい」または 「面白いけれど実習や保育にどうつながるかわ からない」あたりが,養成校で心理学を担当す る教員がよく向けられるものではないだろうか。 保育者養成課程たちあげのタイミングで大 学教員をスタートして10年が過ぎた。その間, 法令改正や大学の改組が続き,毎年のようにカ リキュラムの変更作業に従事してきた。さら に,平成29(2017)年告示の保育所保育指針 の改定を踏まえた今回の保育士養成課程等の見 直しでは,ワーキンググループ1の末席にお邪 魔する羽目にもなった。この特集にお声がけい ただいたのもこのご縁なので,未だ試行錯誤し ている身ではあるが,カリキュラムを手がかり に心理学教育の役割を考えてみたい。 「保育の心理学」ができるまで・できてから 心理学出身の教員が養成校で担当する科目は 教員の専門にもよるが,「保育の心理学」をはじ め「保育内容(人間関係)」や「障害児保育」な ど多岐にわたる。本稿では,保育士試験2で「○ ○心理学」に対応するものを中心にみていく。 保育士養成課程はこれまでに何度か修正さ れ,それに伴い保育士試験科目も変更されてき た。表1に近年の変更を示す。2013年度試験で 登場した「保育の」心理学は,それ以前の発達 心理学・教育心理学という伝統的な心理学の分 野を統合して設定された(詳細はH21 〜 H25 (2009 〜 2013)の保育士養成課程等検討会)。 これがさらに新カリキュラム(2019年度入学 生から適用)では,「子ども家庭支援の」心理 学という新名称が登場し,「心理学」という単 語は含まない「子どもの理解と援助」と合わ せ,養成課程での3科目が「保育の心理学」の 内容となった。 新名称については,ベースとなった科目との 関係を把握しておくとわかりやすい。図1に再 編の概要を示した。
保育者養成校における
心理学教育の役割
和洋女子大学こども発達学科 准教授大神優子
(おおがみ ゆうこ) Profile─大神優子 2007年,お茶の水女子大学大学院博士課程修了。博士(人文科学)。保育士(試 験で取得)。2008年,和洋女子大学専任講師。2013年より現職。2016年12月〜 2018年3月,保育士養成課程等検討会ワーキンググループ構成員。専門は発達心理学。著書は『大学1・2年生 のためのすぐわかる心理学』(共著,東京図書),『Gakken保育Books 3つのカベをのりこえる!保育実習リアル ガイド:不安 日誌 指導案』(分担執筆,学研教育みらい)など。 表 1 保育士試験における「○○心理学」の変遷 試験実施年度 〜 2012 2013 〜現行 2020〜 (適用予定) 試験科目 発達心理学 (配点10) 保育の心理学 (配点20) 保育の心理学 (配点20) 対応する養成 課程教科目 (全て必修, 「保育の対象 に関する理 解」系列) 〜 2010入学生 発達心理学 (講義2単位) 2011入学生〜 保育の心理学Ⅰ (講義2単位) 保育の心理学Ⅱ (演習1単位) 2019入学生〜 保育の心理学 (講義2単位) 子ども家庭支 援の心理学 (講義2単位) 子どもの理解 と援助 (演習1単位) ※教育心理学 (講義2単位) ※ 「教育心理学」は試験科目の内容としては明記されていないが, その後の「保育の心理学」が「発達心理学」「教育心理学」の統合 科目として設定されているため,ここに記載した。10 科目にはない心理学科目の特徴といえる。保育 の中では,発達の見通しなどの時間軸を含め, 膨大な情報処理が行われている。これらの情報 に基づく保育者自身の感覚や判断を,どのよう に自覚し他者と共有するかは,中長期的にその 専門性を向上させていくことが求められている 保育者に必須の部分であり,心理学が貢献でき る部分であろう。 なお,心理学に「保育実践」との関連づけを 求める傾向はさらに強まっている。表3にその 一部を示した。「保育の心理学Ⅰ」では知識の 習得や理解に留まっていた部分が,見直し後は 「心理学的知識を踏まえ4 4 4〜」とさらにその先4 4 4ま で具体化されている。 つまり,養成課程における心理学教育として は,心理学の知識や理解だけでは不十分で,そ れらを保育の文脈のなかでどう活かせるかまで4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 つなぐ4 4 4ことが求められているといえる。 いつ・どのように教えるか ─ 体験を踏まえて繰り返し 「保育の心理学」は1年次科目に配置される ことが多く,保育原理等と並んで,専門として 保育士の養成課程は2年制も多く,また,学 生の多くは幼稚園の教員免許と合わせて取得す る。そのため,必要単位数は増やさずに教授内 容を充実させる必要があった。見直しでは,強 化する部分を検討すると同時に,各教科の教授 内容の統合が行われた(例:「子どもの保健」 の発達部分を心理学科目に集約)。また,やや 関係が複雑になるが,「家庭支援論」「保育相談 支援」「相談援助」の相談系科目が整理され, その内容の一部も心理学に組み込まれた。 結果として,「保育の心理学Ⅰ・Ⅱ」の後継 科目は3科目となった。様々な経緯を経て新科 目名まで誕生したが,養成課程における「心理 学」の必要性は変わらず,むしろ,より強化さ れたと解釈できるかもしれない。 何を教えるか ─ 心理学教育への要望 表2に,前述の3科目の目標と内容を示した。 科目の再編を反映して変更部分(下線部)が多 い。内容も,子どもの発達を中心として,それ を支える家庭や保育環境までと幅広い。 その中でも,科目「子どもの理解と援助」に 含まれる内容「子どもを理解する方法」は,他 図 1 保育士養成課程の見直しに伴う「教授内容の再編等(主なもの)」(報告書より。赤枠は筆者による追加)
11 保育と心理学 の最初の枠組み作りを担っている。この枠組み を実際の保育の文脈までつなぐ手段の一つとし て,本稿では,養成校ならではの体験を踏まえ た繰り返し(復習)をとりあげたい。 写真1は筆者が勤務する和洋女子大学こども 発達学科における学内ワークショップの様子で ある。「KAPLAⓇブロック」とよばれる小さ な木片は年齢や使用量によって様々な遊びが可 能であり,保育や教育の現場で多く導入されて いる(冨安,2008)。学生たちがあれこれ挑戦 する中,保育現場でのエピソードとして,子ど もが平たく並べていく隣で担任がさりげなく木 片を立てる積み方をしたことが紹介された。友 人の積み方を真似てみたり,どのように積まれ ているのか観察したりの最中だった学生にとっ て,担任の行為の意図やその効果は,すぐイ 保育者養成校における心理学教育の役割 表 2 保育の心理学Ⅰ・Ⅱの後継 3 科目の目標及び内容 保育の心理学(講義・2単位) 子ども家庭支援の心理学(講義・2単位) 子どもの理解と援助(演習・1単位) 目 標 1. 保育実践に関わる発達理論等の心 理学的知識を踏まえ,発達を捉える 視線について理解する。 2. 子どもの発達に関わる心理学の基 礎を習得し,養護及び教育の一体性 や発達に即した援助の基本となる 子どもへの理解を深める。 3. 乳幼児期の子どもの学びの過程や 特性について基礎的な知識を習得 し,保育における人との相互的関わ りや体験,環境の意義を理解する。 1. 生涯発達に関する心理学の基礎的な知 識を習得し,初期経験の重要性,発達課 題等について理解する。 2. 家族・家庭の意義や機能を理解するとと もに,親子関係や家族関係等について発 達的な観点から理解し,子どもとその家 庭を包括的に捉える視点を習得する。 3. 子育て家庭をめぐる現代の社会的状況 と課題について理解する。 4. 子どもの精神保健とその課題について 理解する。 1. 保育実践において,実態に応じた子ども一人一人の 心身の発達や学びを把握することの意義について理 解する。 2. 子どもの体験や学びの過程において子どもを理解 する上での基本的な考え方を理解する。 3. 子どもを理解するための具体的な方法を理解する。 4. 子どもの理解に基づく保育士の援助や態度の基本 について理解する。 内 容 1. 発達を捉える視点 ⑴ 子どもの発達を理解することの意 義 ⑵子どもの発達と環境 ⑶発達理論と子ども観・保育観 2. 子どもの発達過程 ⑴社会情動的発達 ⑵身体的機能と運動機能の発達 ⑶認知の発達 ⑷言語の発達 3. 子どもの学びと保育 ⑴乳幼児期の学びに関わる理論 ⑵乳幼児期の学びの過程と特性 ⑶乳幼児期の学びを支える保育 1. 生涯発達 ⑴ 乳幼児期から学童期前期にかけての 発達 ⑵ 学童期後期から青年期にかけての発 達 ⑶ 成人期・老年期における発達 2. 家族・家庭の理解 ⑴家族・家庭の意義と機能 ⑵親子関係・家族関係の理解 ⑶子育ての経験と親としての育ち 3. 子育て家庭に関する現状と課題 ⑴子育てを取り巻く社会的状況 ⑵ライフコースと仕事・子育て ⑶多様な家庭とその理解 ⑷特別な配慮を要する家庭 4. 子どもの精神保健とその課題 ⑴子どもの生活・生育環境とその影響 ⑵子どもの心の健康に関わる問題 1. 子どもの実態に応じた発達や学びの把握 ⑴保育における子どもの理解の意義 ⑵ 子どもの理解に基づく養護及び教育の一体的展開 ⑶ 子どもに対する共感的理解と子どもとの関わり 2. 子どもを理解する視点 ⑴子どもの生活や遊び ⑵ 保育の人的環境としての保育者と子どもの発達 ⑶子ども相互の関わりと関係づくり ⑷集団における経験と育ち ⑸葛藤やつまずき ⑹保育の環境の理解と構成 ⑺環境の変化や移行 3. 子どもを理解する方法 ⑴観察 ⑵記録 ⑶省察・評価 ⑷職員間の対話 ⑸保護者との情報の共有 4. 子どもの理解に基づく発達援助 ⑴発達の課題に応じた援助と関わり ⑵特別な配慮を要する子ども理解と援助 ⑶発達の連続性と就学への支援 下線部は旧科目(現行科目)からの変更として,報告書別添1に示されていたもの 表 3 新旧保育の心理学の「目標」の比較 (1 科目のみ抜粋) 保育の心理学Ⅰ 保育の心理学 1. 保育実践にかかわる心理学 の知識を習得する。 2. 子どもの発達にかかわる心 理学の基礎を習得し,子ど もへの理解を深める。 3. 子どもが人との相互的かか わりを通して発達していく ことを具体的に理解する。 4. 生涯発達の観点から発達の プロセスや初期経験の重要 性について理解し,保育と の関連を考察する。 1. 保育実践に関わる発達理論 等の心理学的知識を踏ま え,発達を捉える視線につ いて理解する。 2. 子どもの発達に関わる心理 学の基礎を習得し,養護及 び教育の一体性や発達に即 した援助の基本となる子ど もへの理解を深める。 3. 乳幼児期の子どもの学びの 過程や特性について基礎的 な知識を習得し,保育にお ける人との相互的関わりや 体験,環境の意義を理解す る。 注: 「保育の心理学 I」の目標・内容は,「保育の心理学」以外の科目に も引き継がれていることに注意。
12 メージできたようである。 座学の中に事例や映像を取り入れている教員 は多いが,自分の授業以外でも学生がこのよう な体験をしていたことを知っていれば,以前の 授業で学んだ発達の最近接領域や友達との協 力,微細運動の発達などについて振り返る機会 とすることが可能である。 復習の機会は在学中に限らない。「ままごと」 は模倣や見立て,遊びの発達等様々な単元でと りあげられる題材である。1年生では自分の幼 少期の体験と,上級生では実習園での体験と結 びつけることができる。実習園でのままごと セットや子どもの様子がわかるととらえ方が変 化すると思われるが,さらに保育者でも新たな 視点がある(伊瀬,2018)。具体的には,異な る年齢クラスですべて同じままごとセットでよ いか,1・2歳児クラスで,子どもたちにはな じみの薄いハンバーガーやソフトクリームが セットに入っていてよいか,などである。在学 中にここまで気づくことは難しいが,ままごと 自体を楽しむ子どもの内面の理解,保育者とし て整備する保育環境の教材,いずれもすでに表 2の科目内容に含まれている。 心理学の知識は,入学直後の導入から卒業後 の保育内容まで随所に関わる。しかし,学問と しての教授内容と,学生の経験や保育現場が乖 離している場合は,学生自身が関連づけること が難しい。カリキュラム内の位置(他科目との 関係),実習や体験との連続性を踏まえて,そ の後の「保育」までつなげるよう,授業以外で もせっせと関連づけていきたいものである。 おわりに ─ 今後に向けて ある園長先生に「あなたは実習生と保育者 (の卵),どちらを育てているのか」と問われた ことがある。日誌の書き方や手遊び等の保育技 術も大事だが,それらは現場で育てていけるも ので,養成校ではむしろ,子どもを見る視点や 発達についてきちんと教えるように,というご 指摘であった。 今回の養成課程の見直しでも,実践力を高め るために,理論的な背景や基礎は必須とされて いる。例えば,今回強化された乳児保育では, 演習に加えて講義科目が追加された。 心理学は,実践力につながる包括的知識の基 盤として必要不可欠なものと位置づけられる。 担当教員の専門にもよるが,子ども,保護者, 保育者自身(保育者の卵としての青年期の学生 を含む)のそれぞれにアプローチが可能である。 養成校では,実習訪問や研修など,保育者と なった卒業生と再会する機会が多い。養成段階 で教えたことが,その後どのように現場での学 びを経て活用されているか(または忘れられて いるか)のフィードバックが随時ある。この恐 ろしくもありがたい資源を活かして,心理学教 育の役割を引き続き考えていきたい。 注 1 厚生労働省による「保育士養成課程等検討会」(座長 汐見稔幸氏)の下に設置された。詳細は厚生労働省 HP「保育士養成課程等検討会(平成27年6月から)」 参照。 2 保育士資格は,保育士養成課程以外に,保育士試験(筆 記試験及び実技試験)でも取得することができる。 文 献 保育士養成課程等検討会(2017)保育士養成課程等の 見直しについて(検討の整理)[報告書] https:// www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000189068.html 伊瀬玲奈(2018)『「あたりまえ」を見直したら保育は もっとよくなる!:0.1.2歳児保育:足立区立園の保 育の質が上がってきた理由』学研教育みらい 冨 安 智 子(2008)『 フ ラ ン ス 生 ま れ の か ぷ ら カ プ ラ KAPLA:1枚の板から広がるそうぞうの世界』トロ ル出版部/筒井書房(発売) 写真 1 ワークショップの様子